広告運用部門の組織設計を変えました。分業は個人と組織の成長を加速させるか。
皆様こんにちは。プライムナンバーズ株式会社 代表の小林大輔です。
突然ですが、弊社の広告運用チームの組織設計を変えました。
従来の広告運用組織は私のこれまでの経験から「これが絶対に正解だ」と確信をもって作ったものだったのですが、組織が大きくなるにつれて狙った効果が得られにくくなっていたり新たな問題が発生したりと、そろそろ考え直す時期がきたと感じたためです。
ということで今回は、弊社の運用部門はどのような意図で設計しており、どのような問題が発生し、今後どのように変化させるのかについてまとめてみました。少し長くなりますがお付き合いください。
運用型広告のプロジェクトがうまくいかないのはなぜか
私の社会人人生はほぼすべて運用型広告の仕事をしてきました。新卒からいままででもうすぐ20年になります。営業担当として運用型広告を売っていた時期もありますしプランニングしていた時期もありますし、いろいろな問題が多発してうまく回らなくなってしまったプロジェクト(いわゆる炎上プロジェクト)の立て直しを専門的に担当していたこともあります。
これまでいろいろな現場を見てきましたが、どのような企業/組織でも以下のような問題が多かれ少なかれ発生していました。
・広告の成果が悪いにも関わらず運用担当者が危機感を持っていない
・営業担当が業務工程を考えないスケジュールの仕事を取ってくる
・営業担当が収益性のバランスが取れていない案件を取ってくる
・運用部門の業務過多でサービス提供がスタックする
・運用部門が顧客固有の事情を理解せずテンプレ対応しかできない
・なぜかいくつもの赤字のプロジェクトを抱えている
・「あの営業が悪い」「このコンサルはダメだ」という個人単位の陰口が発生する
・組織間や個人間での不必要なコンフリクトが発生しギスギスした職場が生まれる
・一部メンバーへの負荷集中や大量の離職
なぜこのような問題がどこの組織でも発生してしまうのでしょうか。
広告運用の業務そのものが労働集約型だから…
広告運用は工数がかかる割に薄利だから…
今の若い子にこらえ性がないから…
メンバーのスキルレベルが低いから…
あっちの部門のスキルレベルが低いから…
数え上げればいくらでも言い訳ができそうなものですが、本当にそれらが原因なのでしょうか。私は過去の経験からこれは経営管理/組織設計に問題があるかもしれないなぁ、とうっすら感じながら過ごしていました。
あえて分業をしない組織設計という仮説
プライムナンバーズとして”組織的に”広告運用をやっていこうと決めた際、これまで感じていたこういった課題を解決できる組織設計/サービス提供体制はないものか。としばらく思案しながら過ごしていたのですが、考えに考えた結果このやり方がもっとも適切だろうとたどり着いたのが、「分業を減らし少人数のチーム単位ですべての業務をまかないながら、収益管理もこの少数チームで管理していく」というセル生産方式とアメーバ経営を掛け合わせたような組織でした。
セル生産方式とは、ベルトコンベアで流れてくる製品に各担当者が担当範囲のみの作業を施して次工程へ流す”ライン生産方式”とは異なり、ひとり~複数人が複数の業務範囲を担当しながら一つの完成品を作り上げる手法です。
参考:セル生産方式
アメーバ経営とは「組織を数人程度の小集団に細分化しそれぞれの小集団が独立採算で自律的に業務遂行していく」「大企業をあえて零細企業化することでより自律的かつ機動的に動けるようにする」という組織哲学です。京セラ(のちにJAL再建)の稲森和夫さんが提唱し、同社で実行されていた経営管理手法です。
参考:アメーバ経営
従来の弊社の組織は、予実管理・収益管理・新規提案・初期設計・プランニング・日々の運用業務・改善業務・入稿作業・集計作業等を、分業せずに一人のマネージャのもと4-6人程度のチームで完結させるというコンセプトでした。
私はこれを「セル型広告運用」と名付けていました。※私のつくった造語です。
セル型広告運用には以下5つの狙いがありました。
”セル型”広告運用は広告効果を上げる
1:全員を「広告の結果を出す」方向へ向ける
2:各広告主固有の課題に対し柔軟な対応をとる
3:無駄なコミュニケーションやコンフリクトを減らす
4:業務工程にボトルネックを発生させない
5:収益と業務工数を適切に管理する
それぞれについて解説します。
1:全員を「広告の結果を出す」方向へ向ける
広告運用サービスにおいて重要なのは広告を掲載した結果得られる売上や反響や認知などの広告効果であるという当たり前の事実が、分業に分業を重ねた現場では忘れ去られてしまうことがあります。広告主が本当に欲しいものは、運用業務でも広告掲載そのものでもなくCVなのです。
例えば、集計作業だけを担当するメンバーが”広告成果を出すこと”を常に意識し続けるのはなかなか難しいものです。
しかし、それが広告効果を出すために必要な業務であると理解している担当者が集計作業をしたら、集計作業時点で広告効果に影響を与える可能性があるポイントが見えた際に、もう一段階深掘りしたデータを集計しておく、そのデータから読み取れる仮説を報告する、といった対応ができることもあるでしょうし、広告主の「お作法」に合わせたアウトプットもできるかもしれません。
セル型広告運用組織であれば、我々の提供サービスが何なのか、業務の全体像がどのようになっているのかが常に見える状態で各個人の業務を行うことができます。また、工程全体をマネジメントするメンバーを配置することで個々の業務の意義を伝えられるというメリットもありますから、業務の末端まで「広告の結果を出す」ことを前提とした業務を遂行できると考えました。
2:各広告主固有の課題に対し柔軟な対応をとる
分業が進んだ組織には、「業務の硬直化」という問題がつきまといます。
レポートはこのテンプレでしか出せない。この業務は週1回だけ。入稿作業にはかならず〇営業日確保して…という類のそれです。
業務効率化を目的とした打ち手はつまるところ分業・自動化・テンプレ化あたりに落ち着きます。これ自体が悪いわけではなくむしろ歓迎すべきことなのですが、業務内容が固定化/硬直化することで、広告主が本当に欲しい、かゆいところに手の届くような細部の調整ができなくなってしまいます。あるいは窓口担当者がテンプレ化された仕事に対して行う手作業で部分的な対応の方が工数が多く、組織全体の負担がかえって増えてしまう。といった本末転倒な問題が発生するケースすらあります。
チーム単位で上流から下流まで対応する組織であれば、そのチームで担当する広告主の数は工程ごとに分業するよりも少なくできるとともに、各チーム単位で異なる業務工程を設定できます。そのため各広告主固有の業務設計を個別で調整しやすくなり、固定化/硬直化によって一部の広告主の要望に応えられなくなるという問題が解消しやすいのではないか、と考えました。
3:無駄なコミュニケーションやコンフリクトを減らす
例えば営業‐運用‐オペレーションと3部門に工程分けするような組織の場合、
・2部門にわたる伝言ゲームによるコミュニケーションエラー
・伝言ゲームにより業務完了までの時間が長くなる
・各部門間での対立や責任の押し付け合い等のコンフリクト
等の問題が発生しがちですし、特に運用型広告のような複雑なものであるほど顕著にその傾向があらわれるでしょう。数千~数万のキーワードや大量の広告テキスト、その他にも設定すべき事項が多岐にわたるうえ、広告主固有の事情も加味してアウトプットしていく必要がありますから、これらの業務の責任範囲を部門ごとに分業した場合どのような結果になるかは想像に難くありません。
チーム単位で業務を完結させるセル型であれば、伝言ゲームの回数が減り責任範囲のスキマがなくなるため、上記のようなコミュニケーションコストやコンフリクトが発生する機会をかなり減らせるはずです。もちろんこの場合はチームのリーダーがすべての工程に対して責任を持つわけですから業務工程上の守備範囲は非常に広くなってしまいます。しかしこれは「チームで担当する顧客の数を減らすことで目を配るべき範囲を限定する」という調整で対処できると考えました。
4:業務工程にボトルネックを発生させない
工程で分業した場合に必ずと言っていいほど出てくるのがボトルネックの問題です。広告主とのやり取りをする部門、プランニングする部門、作業を担当する部門、それぞれで工程分けをした場合に最も生産量が少ないアウトプットが組織全体のアウトプットになってしまいます。
これを解消するためにはボトルネックになっている工程にリソースを集中させるというのが最適解ではありますが、工程ごとに部門を分けると柔軟なリソースの移動が難しくなってしまいます。
そこでそれぞれの業務を一つのチームで完結させれば、ボトルネックになりそうな工程にスムーズにリソースを充てられるであろうと考えました。
分業した方が各工程の生産効率が高まることは理解していましたが、あえて分業しないことによってボトルネックを作らない組織設計の方が安定した稼働を実現できるだろうという狙いです。
5:収益と業務工数を適切に管理する
「広告運用業務における収益性は広告主単位で大きく変わる」という問題があります。各広告主で予算が異なるから当たり前じゃないか!と思われるかもしれませんが、予算だけではなく運用工数も大きく変わるのです。例えば、広告主の扱う商材の数や商品ライフサイクル、広告主の社内で必要とされるレポートの頻度・粒度、広告主と担当者とのコミュニケーション上の問題、あるいは広告主が利用している計測ツールやMAツールやCRMツールとの連携、シーズナリティなどなど無数の要因が考えられます。
そのため各広告主から頂く売上(広告掲載の予算)とリソース投下のバランスを取りながら組織運営をしていく必要があります。分業型組織の場合は売上目標を持っている組織とリソース投下の権限を持っている組織が分かれているため、この2点のバランスを取ることが難しくなってしまうのです。例えば、運用部門が営業担当の「もっとリソースを配分してくれ」という要望に従った結果赤字プロジェクトになってしまう、運用部門が工数不足や収益性を言い訳に仕事を受けたがらない、などの問題が考えられます。
いっそこの2つの権限や責任を分けずに”セル”という小集団に任せてしまえば、手元のリソースと広告主の要望と自社の収益性のバランスを取りやすくなるだろうと考えました。
セル型組織は組織拡大に向かない
以上の狙いが弊社の広告運用組織であるセル型組織の考え方です。いかがでしょうか、わりとよさそうに感じませんか?
大体10年くらい前にこのセル型組織の考え方に行きついた際には、これが絶対に正解だという確信をもって組織作りを始め、試行錯誤と微修正を繰り返してきました。
ところが、顧客・従業員・提供サービスが増えていくにつれて、思った通りに組織が成長しないと感じることが多く出てきました。組織が大きくなるにつれて力を発揮するはずだと思っていた組織設計だったのですが、実際には想定していなかった問題が数多く出てきました。そのうちの代表的なものを紹介します。
1:理念の浸透は組織設計で解決しない
2:優秀なリーダーに依存し過ぎる
3:教育機会の不均等
※その他いろいろ
1:理念の浸透(広告の結果を出すという意義の理解)は組織設計で解決しない
当たり前ですよね。なぜはじめに気づかなかったのでしょうか。恥ずかしいです。
もともとは広告の結果を出すという方向に全員を向けたかったため、「広告主と向き合うメンバーと媒体と向き合うメンバーをおなじグループに入れて、距離を物理的に縮めてしまえばよい」という発想でした。もちろん全く効果が無かったとまでは言いませんが、各メンバーを「広告効果を上げる」という方向に向ける最も重要なことは企業文化であり、評価制度であり、経営者のことばでしょう。単純に私自身の未熟さを組織設計で解決させようとしていただけだった。というオチです。
この点については心を改め、直接的に評価し給与や賞与に反映するルールを作り、日々自分の言葉で伝え続けていく。という対応で進めることになりました。
2:優秀なリーダーに依存しすぎる
分業せずにセル内ですべて完結させるというコンセプトですから、セルのリーダーは極めて広い業務範囲のマネジメントが求められます。管理画面操作やレポート集計、入稿作業などの工程から顧客対応や自チームの売上と工数管理までのすべてがセルリーダーの責任範囲となります。不可能とまでは言いませんがなかなかの守備範囲の広さです。
さらにメンバーのスキルレベルもまちまちですから、各チームメンバー単位で指示指導のレベルを調節する必要もあります。いくら対応する顧客数を少なく調整しているといっても、種類の異なる業務工程すべてとスキルの異なるメンバーの管理を同時に行うことは簡単ではありません。
ということで、「組織を拡大していくうえで実はマネージャ職の難易度が非常に高かった」という問題がメンバーが増えるにしたがって明らかになってきました。
3:教育機会の不均等
セル内で全工程を完結させるためには1チームが担当する案件数を少なくする必要がありますが、それによって各チームで担当する業務内容や業務ボリュームに偏りが出てしまい、特に経験の浅いメンバーの成長機会も偏ってしまいます。
運用型広告の業務は、広告主の要望や目標設定や組織風土によって変わってきます。例えば頻繁にキャンペーンなどの更新を行う広告主であればそれらのキャンペーンに対応して頻繁な入稿作業や広告文作成の作業が発生します。また達成の難しいCVやCPAの目標を追いかけている案件であれば、CPCをどう下げるのかLPのどこを変えればCVRが上がるのか分析する業務に長い時間をかけることになるでしょう。個人の成長という観点で見ればこれらひとつひとつが成長の機会ですから、広告運用者として広範囲に経験する必要があります。しかし各チームで担当する広告主数が少ないが故に業務の横幅の経験が偏ってしまうのです。
我々としてこの問題は非常に重く受け止めています。「各メンバーの成長は、メンバー個人のみならず組織全体にとっても将来担当する広告主にとっても非常に重要だ」という弊社の基本的な理念から逸脱してしまう懸念が出てきました。
代表的な問題点を3つだけ挙げました。他にも当初想定していた「チーム単位で収益管理と工数管理をする方が良い」という仮説が間違っていたことや、標準化した業務を他チームへ展開・浸透させるスピードが遅くなることなど、他にもいくつかの問題が発生しました。
もちろん組織運用ルールを修正していくことで何とかなる問題もありましたが、組織を拡大していくうえで上記に挙げた3点については非常に重く受け止め、ここにきて他の方法を試そう、と思い至りました。
運用工程を2つに分ける
そこで、これまで各チームで完結させていた広告運用業務を、
①広告効果を上げるためのコンサルティングをする工程(コンサルティングチーム)
②プランニングされた業務を実行する工程(オペレーションチーム)
という2つの工程にチームごと分けることにしました。
ちなみにこの分業の方法は運用型広告の組織形態としてはわりと一般的です。特に大規模な運用組織を持つ企業の多くは営業機能とプランニング機能とオペレーション機能を分けた組織形態としているケース多く、場合によっては営業とプランニングの間に戦略機能やプロジェクト管理機能を持つ組織を設置したり、入稿チームとレポートチームを分けるなどかなり分業が進んでいる組織もあるかと思います。
一方我々としては「必要最低限の分業に」という考え方で2つの役割に留め組織設計することにしました。
1:コンサルティングチームは広告効果と収益に責任を持つ
コンサルティングチームの責任範囲は
1:広告効果を上げること
2:収益を確保すること
の2点です。広告効果とはCV、売上、CPA、ROASなど広告主と協議して決定した施策の目標を達成することを指します。これは我々が広告主に提供できる価値であり存在意義ですから、顧客と接しプロジェクトを推進するチームが責任を負い、チーム単位・個人単位で目標設定し定量的に結果を見ていきます。そしてこの広告効果という指標は各メンバーの”給与や賞与や昇進に直接的に影響する指標”として評価します。つまり、高い広告効果を実現し続けることができれば出世する、という評価設計です。
なお、依然として顧客との窓口はコンサルティングチームが担当し、営業担当を設置するなど顧客との接点と成果改善の施策立案部分の分業はしない方が良いだろうと判断しました。
2:オペレーションチームは業務遂行と育成に責任を持つ
オペレーションチームの責任範囲は
1:入稿やレポート集計等の作業を正確に実行すること
2:経験の浅いメンバーを育成すること
の2点です。1点目の達成のために、業務量とミス発生率をKPI として定めました。2点目については経験の浅いメンバーをオペレーションチームに配属し、実務を通して事前に定めたハードルを越えた時点でコンサルティングチームへ異動することにしました。育成し異動させることがミッションである一方で異動させると自身のチームの戦力が下がってしまうという矛盾に対しては、異動させることができた人員数に応じて加点していくという評価設計で対処することにしました。また、各個人の適性を鑑みてオペレーションチームのマネージャへとステップアップするというキャリアも想定しています。単純に業務を正確にスピーディに捌くことのみならず育成の役割を負うというのがポイントでしょうか。
品質を向上させながら組織の成長速度を上げる
この組織改編によって”セル型組織形態は組織全体の成長速度を上げにくい”という問題を解消しつつ、それぞれの業務に集中して取り組むことでサービス品質を上げていこうとしています。
具体的には以下のような目的が挙げられます。
1:コンサルティング業務に集中することで広告効果を向上させる
2:オペレーション業務に集中することで業務効率と正確性を向上させる
3:リーダーの守備範囲を狭くすることでマネジメント難易度を下げる
4:育成担当チームを設置しメンバーの成長スピードを上げる
5:業務実行とプランニングを分けて経験することで教育機会の不均等を是正する
広告の効果を上げながら、成長スピードを上げていこうと。そんな狙いです。
分業は広告の効果を上げるのか
さて、以上のような経緯で私の長い現場経験から編み出したセル型組織を捨て去り、とうとう運用業務を分業していくことになりました。私としては思い入れのある組織形態だったのですが、広告効果の成長と個人の成長と組織の成長の3点のスピードを上げていくには今はこの方法を取るしかないであろうと判断しました。
既にこの体制で半年間程度運営していますが、現体制への移行はわりとスムーズに進んだと感じています。当初想定していた懸念事項もいくつかあったのですが、先んじてある程度の手を打てたことも影響しているのかもしれません。各部門の責任範囲の設計や評価制度等を工夫するなど、組織改編に伴いいくつか周辺分野にも手を加えました。
さて、この結果が目に見えてわかるようになるのは3年後くらいになるのでしょうか。だいぶ先になりそうではありますが、今後の変化が楽しみです。
組織形態や方針の変更や改善等については、今後もこのように発信していこうと考えています。
今後も応援してくださいますと嬉しいです。それではまた。